お知らせ

概要

背景と目的

 人工関節の開発、技術の向上と普及に伴い関節疾患に苦しむ患者の生活の質(QOL)は著しく向上しました。また脊椎インストゥルメンテーション手術は脊椎の変形の矯正と強固な固定が可能であり、今まで治療ができなかった難治性脊椎疾患に対する有力な治療手段となっています。こうした人工物を生体に留置する手術では、本来体内に存在しない細菌が増殖し様々な症状を引き起こす感染が発生しやすいことが知られております。このような手術に伴う感染を手術部位感染(surgical site infection : SSI)とよび、整形外科手術における重大な問題となっています。いったんSSIが発生すると、長期間の抗菌薬投与や体内人工物の抜去に伴う長期間の治療が必要となります。SSIは、四肢の機能やQOLを著しく低下させるだけではなく、多大な治療費が必要となります。SSIの撲滅にはSSIに関する正確な現状把握が必要であり、どのような手術でどのような患者がどのような細菌に感染しやすいか等を経年的に分析することが重要です。
 現在国内で整形外科手術を対象にSSIに関する情報を系統立てて長期的に収集した研究はいまだ完遂されておらず、全国規模の大規模SSIデータベースの構築と検証的研究が急務です。日本骨・関節感染症学会では、整形外科手術のなかでも特にSSIが発生しやすいといわれている人工関節置換術および脊椎インストゥルメンテーション手術のSSIの情報を収集することにより、その発生率と要因を全国規模で経年的に調査し、成果を診療に反映させることを目的として、大規模レジストリーであるJapanese database of surgical site infection(J-DOS)を立ち上げました。本学会は、J-DOSに登録された医療情報を分析し我が国のSSIの実態を客観的に把握・解析することで、良質な医療の提供と適正な医療レベルの維持を目指します。

これまでの経過

 かつて研究分担者山本謙吾(東京医科大学整形外科主任教授、日本骨・関節感染症学会理事長)らは平成17・18年度日本整形外科学会(日整会)プロジェクト研究事業「人工関節置換術後および脊椎instrumentation術後感染症例の実態調査」を行いました。本研究の成果は日整会監修「骨・関節術後感染予防ガイドライン」に幅広く引用されるなど、本邦のSSI対策を考える上で大変有用な情報源となりました。しかし後方視的解析であるため調査期間中の症例の網羅的収集が担保されないこと、欠損値を容認せざるを得なかったこと、さらに調査対象が特定の期間(1年)の症例に限定されており感染の趨勢を経時的に把握できないことなどの限界がありました。
 2015年より日本骨・関節感染症学会でこれに続く研究に特化した委員会を立ち上げました。本委員会ではweb登録システムを用いた前向き研究を立案し、研究のデザイン、登録項目の吟味、e-learningを含む登録システムの構築を行いました。
 2017年には模擬症例登録によるシステムの検証を開始するとともに、入力者の負担を把握するためアンケート調査を行い、負担を軽減するシステム改変を行いました。
 2019年には学会内での倫理審査を行い、2020年には研究中核施設において研究承認を得、2021年に入力を開始しました。登録初期2年間で、登録にかかわるシステムエラーを抽出するとともに、再度登録担当者にアンケート調査を行い、システムの成熟を試みました。2022年には公的資金である科研費を取得、また2024年には日整会プロジェクト研究事業に採択され、より多くの症例の解析が期待されます。

研究のデザイン

A)データの収集方法
 日本全国の日整会認定研修施設を対象としてデータ収集を依頼します。データ登録担当者は登録に先立ってe-learningを受講いただきます。受講後登録用のアカウントが発行されます。データ登録担当者がデータ登録のためのWEBシステムから参加施設診療科の手術・治療の情報を登録することで、データが収集されます。

B)組み入れ基準
 1)研究参加機関での人工膝・股関節置換術、脊椎インストゥルメンテーション手術
 2)18歳以上
 3)初回手術
 4)清潔手術

C)除外基準
 1)準清潔手術
 2)再手術
 3)複数の部位に対する手術
 4)皮弁や移植手術
 5)感染巣合併例
 6)病的骨折を除く大腿骨近位部骨折

D)主要評価項目(アウトカム)
 術後90日以内に発生したSSIの発生をイベントとし、発生率、SSI原因菌、SSIリスクを明らかにする。副次評価項目としてSSIに対する再手術、SSI以外の感染症、感染以外の再手術、死亡なども評価する。
SSIの定義は米国疾病予防局(CDC)の定義に準拠し、術後90日、SSI発生日、死亡日のうち最も早い日までを追跡期間とする。

E)調査項目
 i)患者基本情報(手術日、年齢、性別、身長、体重、罹患部位、等)
 ii)背景情報(入院日、術式、原疾患、並存症(糖尿病、透析歴、関節リウマチ等)等
 iii)手術関連情報(鼻腔除菌、skin preparation、ASA分類、手術時間、出血量、輸血、予防抗菌薬の種類・投与期間、術野消毒法、粘着ドレープの使用、ポビドンヨード入り洗浄液の使用、抗菌性縫合糸の使用、バンコマイシンパウダーの使用、手術用排気スーツの使用、バイオクリーンルームの使用等)
 iv)術後関連情報(ドレーン留置期間、術後尿路カテーテル留置期間、術後血糖値等)

F)データ解析法
 記述統計としてSSI発生率、原因菌、SSI症例に対する対応法などを集団全体及びサブグループごとに集計します。また、統計モデル等を用いた多変量解析として、目的変数を上記主要・副次評価項目、予測変数を上記A~D)の各項目とし、①危険因子の探索、②介入可能因子のリスク比較、③リスク予測モデルの構築を行います。解析にはまずロジスティック回帰モデルなどの従来型の解析手法を主に用いますが、解析目的やデータ数・イベント分布に応じて、傾向スコアを適切に組み込んだ因果解析手法や、データ適応的な機械学習手法を応用することで、本データベースから柔軟に情報を引き出します。 これらの解析は、研究事務局で十分にデータクレンジングを行ったのちに、データ収集に参加しない生物統計学者にゆだね、データ解析作業の独立性を担保します。

個人情報保護への配慮

 登録参加者には研究の概要、ネットエチケット、及び個人情報保護に関する基本研修(e-learning)の受講を必須としました。患者情報入力に際して、個人識別情報(単体で特定の個人を直ちに判別できる情報)を完全に除去、登録システム上で専用患者登録番号を自動的に作成し、第三者が入力されたデータから患者個人を特定することを不可能としました。登録された研究データは株式会社ファーストの責任下にNTT PCコミュニケーションズ株式会社(東京都千代田区(番地未公開))の強固なセキュリティを有するサーバで補完することとし、堅牢な情報漏れ対策がなされています。

運営形態と知的財産権

 J-DOSは日本骨・関節感染症学会内の本研究に特化した委員会が運営します。本研究により得られた結果等の知的財産権は、日本骨・関節感染症学会に帰属します。

現在の参加施設

杏林大学 整形外科
東京医科大学 整形外科
横浜市立大学 整形外科
藤田医科大学 整形外科
弘前大学 整形外科
近畿大学奈良病院 整形外科・リウマチ科
近畿大学 整形外科
三重大学 整形外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 整形外科
東京医科歯科大学 整形外科
鹿児島赤十字病院 整形外科
神奈川リハビリテーション病院 整形外科
山口大学 整形外科
大阪刀根山医療センター 整形外科
高知大学 整形外科
松山赤十字病院 リウマチ膠原病センター
金沢大学附属病院 整形外科
岡山大学 整形外科
東京医科大学八王子医療センター 整形外科
旭川医科大学 整形外科
青梅市立総合病院 整形外科
吉川中央総合病院 整形外科
東大和病院 整形外科
川嶌整形外科病院
東京医科大学茨城医療センター 整形外科
長崎大学病院 整形外科
関西医科大学 整形外科
東京慈恵会医科大学 整形外科学講座
北里大学病院 整形外科
山形大学 整形外科
島根大学 整形外科

現在の登録症例数

(2024年2月7日更新)

症例数
人工関節手術 1731
脊椎インストゥルメンテーション手術 790
合計 2521